2005年7月27日水曜日

SSその2

これもお世話になっているTRPG遊戯会さんで上げたブツ。



『記憶』


商都トロウ。
街道を一つの商隊が進んでいる。
商隊といっても、大した人数ではない。
荷車のついた馬車が一台。
乗っているのは御者と、その隣は中年の男。商隊の主であろうか。
それから、荷台の上に一人。武装しているところからして護衛なのだろう。


パッカラパッカラパッカラ
ガラガラガラガラ…


馬車を操る御者の手綱捌きは手馴れている。通いなれている様子だ。
中年の男は欠伸をし、荷台の男は呑気に寝てしまっている。
寝てしまっては護衛にならないと思うのだが…。
見通しの良い、通いなれた道。
何も起こるわけがない、すっかり安心しきっている。


ガッ
ガッタン ガタガタ


一つ、大きな音を立てて馬車が揺らいだ。
荷台は跳ね上がり、男は飛び起きる。
ギシギシと音を立てる馬車を御者が止める。
荷台から男が降りて馬車の様子を見ている。
「ああ、これはいけませんね。車輪が外れています。」
顔だけ上げて男は告げる。
「仕方がない。今日はここで野営にするか。」
重い体を引き摺って中年の男が荷台から降りてくる。
今までなにも起きなかった道だ。
きっと今日も大丈夫に違いない。
「すまんが、森へ入って薪と修理に使えそうなものを拾ってきてくれ。」
「わかりました。…なるべく早く戻りますね。」
御者は馬を馬車から離し、樹に繋ぎなおしている。
中年の男はやれやれ、といった風に外れた車輪に溜息をついている。
そして、男は一人、森の中に入っていった。
まだ、太陽が傾き始めた頃である。


(やれやれ…。森というのは奥まで入るものじゃないな。)
下枝を払って薪を、落ちているなかから手ごろな木材を集めている間に男は知らず知らずに奥まで入り込んでしまっていた。
地理に明るいわけではない。
何せこの街道で野営をするのは初めてなのだから。
なんとか抜け出したときには、もう陽は地平線に沈みかけていた。
「すみません、遅くなりました。暗くなるまでに間に合っ………。」


ガンッ
カランカラン…


手の間を薪が、木材がすり抜ける。
目の前の光景に力が抜けた。
何が起きたのか、理解できなかった。


………ただ、死んだ動物の匂いがした。


 それから、男は自分がなにをしていたのかはっきりとは覚えていない。
その場で夜を明かしたこと。
朧気に、土を掘った事。
何かを―そうあれは何だったのだろう?―埋めた事。
それから。
次の記憶は、彼がトロウの街に着いたところまで飛ぶ。



カランカラン…


『銀の月灯り亭』の扉が軽やかな音を立てて開いた。
入ってきたのは若い男、武装からして戦士志望であろうか?
受付を覗き込んで主に声をかける。
「はじめまして。私はアイリス・フォーレル。
 父の商隊の護衛の真似事をしていたのですが…専門の人を雇うといって暇を出されてしまいました。
 これから、お世話になります。」


 ある年のト・テルタの月の話である。


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